shiroxuma’s blog

東京のすみっこで楽しく暮らす20代OL(?)のブログ

読んだ:ビョンチョル・ハン『疲労社会』

こんにちはしろくまです。

 

ツイッターで見かけて面白そうだな~と思ったこちらの本を読みました。

 

まず帯に書かれている「私たちはいつまで『できること』を証明し続けなければいけないのか?」がとても印象的です。これ、自分でもずっと「苦しいなぁ」と思っていたことでした。

 

本書に登場するキーワードは

・否定性/肯定性

・規律社会/能力社会

です。一見するとどちらも後者の方がすばらしいことだと感じませんか?私もそう思っていましたし、そう思わされていました。

本書を読んだ私がものすごくざっくり喩えると、これまでの工業メインの世界だと規律に従って定型作業を繰り返し行う働き手が必要でした。だから「規律」から外れた人を「否定」する社会でした。学校組織もそういった職場に必要な人材を育てる場ですから、当然「規律社会」でした。しかしここ数年では、社会変化に対応してイノベーションを起こす人材が必要なため、「能力」が重視され、そのために「肯定性」が強調される。

私自身、どちらかというと「言われたことをやる」方が得意なので今の時代は生きにくいなぁと感じていたのですが、本書で「能力を発揮し成果を生み出すことへのプレッシャーによって人々は疲弊しうつ病を患うのである」と書かれているのを読んで、少し肩の荷が下りたような気がしました。我々は自由なイノベーションの時代を手に入れたと錯覚しているけれど、結局のところ生産性を高め続けることを強要されている奴隷でしかない、と。

そうして与えられる種類の疲労によって、私たちは何も為すことができなくなる。それに対して、インスピレーションを与えてくれるのは無為の疲労だ。為さない日=労働のない時間=遊びの時間が重要だとする考え方が紹介されています。

私が尊敬している学友で、「あぁやっぱりこの子は頭が良いなぁ」と思わされた発言に「何をするかが重要なんじゃなくて、何をしないか選択するのが大事」というものがあります。

私は昔からやりたいことがあまりない性格だったのですが、ここ数年でやっと「やりたいこと」がぽろぽろと出てきました。そのような状態が初めてなので、やりたいことが多すぎてうまく処理できていない感覚があります。さらにオフの時間に仕事のことを頭の片隅で考え続けていることが多く(主に役員プレゼンの方向性や部長をどうやって倒すかなのですが)、精神的に休まっていない感覚がありました(リポD飲みてぇ!ってずっと言ってた)。うまく切り替えて、休むときはしっかり休む、やりたいことは優先順位をつけて整理する、やらないことを選択する、をイメージしてやっていきたいです。

 

この本を読んで良かったなと一番強く感じたのは序章から免疫学の概念が哲学に応用されていた点です。自分が一時期身を置いた分野であり、自分でも人間関係を考察する際に免疫学の考え方をベースにすることがあったので、実際に哲学の分野でも使われているんだと知ってもっと勉強したくなりました。免疫学を触ったことがある人間であれば誰もが知っている基本概念が「自己と非自己」という考え方で、人間に(あるいは生物に)備わっている免疫システムは「自己と非自己を見分けて、非自己を排除する」と言い表すことができます。非自己というのは、(このご時世でもっとも関心があるもので言うならば)ウイルスであったり、細菌であったり。あるいは、臓器移植をイメージしたときに、ただ単に移植するだけでは拒否反応が起きてしまいます。これも移植された臓器が自己ではないから起こる反応です(そのために実際には適応するドナーを探したり、免疫抑制剤を使用したりします)。

こういう考え方を人間関係に当てはめると、自己(あるいは自己に近しいもの)ではない存在が組織にいるとはじき出したくなる心理がうごく、それがいじめであったりマイノリティの迫害に繋がる、と捉えることもできるのかな、と考えていました(心理学の専門家ではないのであくまでイメージですが)。逆に、異なる人間が協同して物事を成し遂げるとき、(会社組織であったり、他人という夫婦であったり)それは「免疫寛容」(例えば、食べ物ですら私たちにとっては異物=非自己ですが、毎日食べるものですからいちいち排除していたら大変です。そこで消化管を通る食べ物は免疫寛容によって非自己のまま自己の中を通過するわけです。あるいは、皮膚に存在する常在菌も同様に考えられます。こうした食べ物や常在菌などの免疫寛容がうまくいかないと、アレルギーや皮膚炎に繋がります)のような反応が起きているのかなぁ、などと想像していました。

本書ではそうした「自己と非自己」の考え方は否定性(すなわち、過去の時代のもの)と表現され、むしろ自己によって自己が搾取される(成果を出し続けねばと強制される)のが現代のうつ病の原因である、と語られています。

 

最後に、この本は元々ドイツの哲学者によって書かれた書籍です。「自己」について考えるとき、私が一番印象に残っているのは夏目漱石の『私の個人主義』なのですが、これはイギリス留学での経験がもとになった講演です。一方で肯定性・成果主義アメリカ発の概念だと思っていますが、アメリカとヨーロッパ、そして日本とそれぞれの国で「主体性」がどのように捉えられてきたのか比較するのもまた面白そうだなと思います。

 

答えを提示してくれるというよりは考えるきっかけになる概念を与えてくれる本なので、お正月休みにでものんびり読んでみたら良いかもしれません。

 

終わりだよ~